対立の哲学

対立こそ平和的である

13.事例−4、対立と利害

人事部長であるA氏の態度に、課長のB氏は苛立っていた。

人事部では、企業の競争力を高めるため、時代の流れにそって、年功序列賃金から成果主義的賃金への移行を命じられ、その企画を詰めていた。 基本的な考え方においても、具体的な道筋においても、意見は一致していた。もともと人事部は特殊なセクションで、会社生活のすべてを人事畑で過ごすことも あり、特に結束の強い部署だった。

しかし、経営会議に資料を出す段階になって、部長の態度が変わった。この案では40歳以上の社員の反発が大きすぎるから、提案を抜本的に見直すべきだと言いはじめたのだ。

B課長をはじめ、部下は動揺した。経営会議は1ケ月後に迫っている。その期間で新しい案を作成し、資料を纏めることなど事実上不可能だ。し かも、どこをどう変更すれば、部長の承認が得られるのかも曖昧だ。さらに、このプロジェクトの事実上の責任者はB課長である。経営上の重要プロジェクトが 遅れるようでは、処遇の面で責任を問われることになるだろう。少なくとも、確実に地方に飛ばされる。そんな想像が、B課長の脳裏をよぎった。

A部長の内心は、別のところにあった。

50歳を過ぎて、最終段階は平の取締役程度という未来が見えていた。そして、この制度になれば、自分の生涯賃金が2000万円程度減るという試算が出来たのだ。確かに、賃金制度の変更は、会社にとっては必要だろう。しかし、A部長自身にとっては何のメリットもないどころか、益するところがない。そして、このプロジェクトが頓挫した時の責任は、B課長にとってもらおうとも考えていた。それが、A部長の利害に基づく判断だった。

目標も価値観も、そこに到達するための手段も共有している。さらに、人間関係も円滑である。そんな状況においても、それぞれに立場が異なる ということは知っておく必要がある。「無私」になれる人は極めて少ないし、「無私」というのが逆に、その周りにとっては迷惑であったりする。

立場の違いから利害関係が生じるということは良くある。公平であるべきだと思っていても、獲得した権益を自ら手放そうという潔癖な人は少ない。どこまで行っても、そこには「私」がある。

それを利己主義として批判することはたやすい。しかし、利己主義を擁護することも、たやすい。議論は、どの程度までなら、利己主義が許され るのかという綱引きになる。利己主義者は、法と文化が認める範囲内での利己主義の徹底を一つの理想とする。最小限の制約をどこにするかを論点にしようとす る。一方で反利己主義で論陣を張れば、どの範囲でなら利己主義が認められるかという側に制限を設けようとする。意味の無い議論だ。大多数の問題は、その両 極の中間にあるからだ。

立場という言葉から、強い立場/弱い立場、という関係性も想起される。今回の事例で言うならば、A部長は、B課長よりも強い立場にあった。 そして、A部長はその強さ(力関係)を利用した。立場に強い弱いがあること自体が問題だ、などという非生産的な議論をするつもりはない。立場には常に強 い、弱いがある。それが著しい違いか、硬直的なものか、という見方があるだけだ。この事例でも、一見すると弱い立場にあるB課長は反撃したのかもしれない し、その結果、勝利したかもしれない。立場の違いは、完全な支配/服従という関係とは性質が異なる。フーコーも指摘したように、ある程度の自由が与えられるからこそ、そこに権力(power)が、すなわち立場の違いという関係が生じるのであって、完全に支配(domination)したのでは、立場という見方すら消滅する。文字通り、立場が無くなるということだ。

現代社会の中で、私たちは複数の世界の複数の立場に身を置いて生活している。理想を語り主張することに全精力を傾注する人もいれば、利己主 義の追及に全精力を傾注する人もいる。私はと言えば、どちらも考えて行動している。そして、どうバランスを取れば良いのかという事に悩まされる。しかし、 それ以外に選択肢があるだろうか。

私は、現実の自分を無視したような夢想家にも、他者を理解できない利己主義者にも、共感することが出来ない。すべての人々は、世界という ゲームの中でのプレイヤーだ。それは、良い悪いではなく現実なのであって、立場は自然についてくるし、利害も自然に生じてくる。それを拒否したり、否定し たりすることは賢明とは言えない。それよりも、私たち一人一人がプレイヤーであることを、より強く自覚することが重要なのではなかろうか。